三國神社大山咋命と継体天皇を祭神とします。天文9年(1540年)湊の住人板津青兵衛が高柳村から流れてきた御神体を拾い上げ正智院に納めました。天文13年(1544年)院主・澄性小社を建立し、さらに、永禄7年(1564年)澄性の弟子・澄元国中を勧進し桜谷を開き社地を開発し山王宮を建立しました。この山王宮の祭神が先に高柳から流れて来た御神体・大山咋命(山王権現)です。 明治4年に山王宮を桜谷神社と改め、明治5年、経ヶ岡にあった水門神社(みなとじんじゃ)の御神体・継体天皇を桜谷神社に合祀しました。明治18年、三國神社と改称し、現在にいたっています。 |
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