三国祭総合案内

継体天皇(大王)と三国祭

 継体天皇(男大迹王・おおどのおう)は、彦主人王を父に、振姫を母として近江国高島郡三尾(みお/滋賀県高島市)に誕生したといわれています。父が若くして亡くなり、母の故郷である三国坂井郡高向(たかむく/坂井市)に戻り養育されました。

 壮年期には越前一帯の治水に尽力され、坂井平野の発展の礎を築いた偉大な大王であったと伝えられています。
武烈天皇の死に伴い畿内に招かれ507年に第26代天皇(58歳)に即位されました。

 これらの功績を讃え、平安時代になり三国の経ヶ岡(愛宕山)に創立されたという水門神社(みなとじんじゃ/祭神・継体天皇)は、継体天皇が福井や坂井平野、そして九頭竜川の水門を開いたことを住民が敬慕した表われでした。
 水門神社は中世、近世と修験者や性海寺が守護してきましたが、明治5年、桜谷神社に天皇を合祀し、桜谷神社は明治18年に三國神社と改称しました。水門神社は大永3年、性海寺10世弁雄が再建し、文政5年、田中文吉が船御輿を造り、祭日を8月15日として水戸口まで渡御させています。

 祭りは初め、旧暦の4月の申の日に行われていましたが、明治6年から新暦の5月20日に変更し、現在にいたっています。

*継体大王については、継体大王と越の国・福井県
http://info.pref.fukui.jp/keitaidaio/
をご参照ください。

足羽山に建つ継体大王の石碑

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